茨城県の水戸納豆が有名になった理由
茨城県といえば特に水戸納豆が全国的に有名ですが、これはもともと関東よりも北の地域で広く生産されていたものでした。
それがなぜ茨城の名産となったのでしょうか。
その昔、明治の中頃に現在でいう水戸線が水戸鉄道として開通しました。
すると水戸駅前はたくさんの旅行客でにぎわう様になりました。
それに目をつけたのが創業100年をこえる水戸天狗納豆です。
当時これらは売り子さんという行商人が歩いてうりさばくスタイルをとっていました。
しかし人が集まる駅前で売れば、移動する苦労もなくたくさんの量を販売できると考えたのです。
そしてこの試みは大成功し、水戸の土産といったら納豆、と全国に広く知れ渡るようになりました。
このスタイルは当時からすると画期的な方法で、各地に影響を及ぼしました。
水戸の有名な観光地である偕楽園もこのスタイルを採用し、園内で土産物として納豆を販売するようになりました。
そうして全国各地の旅行客がお土産として持ち帰るようになり、ますます全国的にその地位を確立していったのです。